例)学校に伝わる伝説・逸話 |
その他の思い出ページものぞいてみてください。
学校の特定の場所について昔の懐かしい光景やそこでの思い出話を主にするページです。
体育館 教室 校庭 職員室 保健室 音楽室 図書室 プール トイレ 下駄箱 屋上 理科室 飼育小屋 図工室あるテーマについて学校時代の想い出やエピソードを共有するページです。
恋 給食 運動会 文化祭 入学式 卒業式 怪談 伝説 記録昔言えなかった想いを伝えるページです。伝わるとは限りませんが皆さんの想いを吐露してください。
感謝 謝罪 告白伝説: | 電車に詳しい子でもその子は近くがよく見えない |
伝説: | 転校生してきた人に速攻で告白した人がいる「フラれた」 |
伝説: | 授業中に学校のパソコンでYouTubeチャンネルを作って動画投稿してるやつがいた |
伝説: | 自分が小3の時に何処のテレビ局かわかりませんけどテレビの取材に来てたと思います。 |
伝説: | 張ったときにスケートをしていたひとがいた |
伝説: | あの時 |
伝説: | 学童のトイレの横にある倉庫には、よるになると、幽霊が出る |
伝説: | かつあげ。体罰。差別。嫌がらせ。村八分。エコ贔屓。除け者。冤罪。集団無視。密告。仲間はずれ。吊し上げ。盗難。全て新荘小学校で受けた。行事になると物を盗まれ、恥をかいた。盗難品は焼却炉にあった。 |
伝説: | 家庭科室の扉にリッパーを刺して開かなくしたやつがいた |
伝説: | 伝説になったか知らんがラジオ体操で第三ラジオ体操てのが稲田体操て名前でオリジナルがあった(笑) |
飼育小屋: | うさぎが可愛いですよ! 触れ合いも飼育委員さんが、決めてくれてくれます |
体育館: | 体育館の屋根に鳩が巣を作ってどんどん増えフンが酷くてネットを張っていた |
給食: | くじらの竜田揚げ、ちくわの三食揚げ、カレーシチューに炊き込みご飯。沢山美味しい給食がありました。ぶどうパンが嫌いで、レーズンを全部むしりとっていました |
告白: | 千里さんだいすきです |
校庭: | 遊具がいろいろあった。タイヤのブランコとか、土山、太鼓橋、うんてい、ジャングルジム、シーソーなど。土山と太鼓橋は卒業後、校舎建て替えた時に無くなった。後は、たぶん、老朽化で無くなったかな?わからないけど。 |
飼育小屋: | しいくのときだんしがふざけてうさぎをふんでうちがないた |
音楽室: | 各机は、足踏み式のオルガンになっていました。 |
プール: | 25mプールは校庭の一角を掘る形で、普段は鉄板で蓋されてましたね。夏休み中の水泳教室がめっちゃ楽しかったなぁ。 |
飼育小屋: | うさぎ可愛かったなぁ。 |
職員室: | 小生現在80歳。父が校長をしていました。校長住宅は校舎の端につながっていました。従って住宅から教室には戸1枚で隣り合わせでした。 従って時々職員室に勝手に入り戸棚に置いてあった教材用の実験器具などを触ったりして遊んでいました。職員室から教室に向かう廊下のすぐ上に不気味な亀の甲羅がへばりつくように飾ってあったのを鮮明に記憶しています。校庭の脇には松の木が1列に4~5本植えられていました。ある日そこに馬と人と大きな注射器様のものとバケツが置かれていて何人かの人がいました。今思うと人工的にアレをしていたのです。住宅の玄関を出るとすぐ右手にポプラの木が1列に並んでいて風のざわめきに公害の影響のない葉がきらきらと輝いていました。 ポプラの木の上は一面が高台になっていて冬はその雪原でスキーで遊びました。 さて話題を転じて校庭の左奥には奉安殿があり正面に位置する校門の出口には芝を背負って本を読みながら歩く二宮金次郎の銅像がたっていました。 そこを出ると当然舗装の無い雨や雪が降ると泥んこ道に変貌する坂道がありました。道を挟んで向かいにある農場に小屋があり中にはもはや動かない赤い塗装の農機具(プラオだと思う)が鎮座していて乗って遊びました。前出の道路を下ると左手に野X村さんの家がありそこのつXるちゃんとは遊び友達でした。 更に道を下って少し左に曲がった右上にお寺があり住職さん(X田さん?)は当然村の名士でもありました。 娘さんの歌X子さん?は師範学校に合格して我が父が喜んでいました。父の自転車の前に乗せられて細い山道をがたがた揺られて尻が痛いのを我慢しているとやがて右下に豊浦の町並みが見えてきて痛いのはもう少しの我慢と思ったものです。 当時は戦争末期のころでときどき神社の前庭から 「XXX君」と書かれた白いたすきをかけた出征兵士が人々に見守られながら歩いてくる姿を見たこともありました。 豊浦の駅からどこの戦地に向かったのでしょうか。 そして昭和20年6月我が家族は思い出の花和を後に村の人が用意してくれた馬車に布団を敷いてそこに座って次の赴任地の樽前を目指して豊浦駅に向かったのでした。 |