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山口県庁舎から望む山口市街地山口県の県庁所在地であるが、人口規模は関門都市圏構成都市である下関市に次ぐ2番目、市内総生産(総額ベース)では製造業の拠点を多く有する周南市・下関市に次ぐ県内3番目である。民間調査会社・ブランド総合研究所が2018年に調査した主要都市の「認知度」では、山口市は下関市や萩市を下回り、47都道府県の県庁所在地の中で最下位であった。現在の山口市は3代目に当たり、平成の大合併で旧・山口市と旧・小郡町、旧・阿知須町、旧・徳地町、旧・秋穂町が合併して発足した。合併直前まで人口が約14万人に過ぎず、都道府県庁所在地最小(後述)にして、下関市・宇部市・周南市に次ぐ県内第4の都市であった。合併後市域面積は県内最大となったが人口密度は県内19市町中12位の194.8人/km2であり、人口規模は20万人に満たない。なお旧・山口市と旧・小郡町、旧・阿知須町は戦時中に一度合併したのちに再び分離している(後述)。隣接する防府市と共に都市雇用圏である山口都市圏を構成するが、特に徳地地区(旧徳地町)や秋穂地区(旧秋穂町)は防府市との交流が多く、また阿知須地区(旧阿知須町)はもともと宇部都市圏であることもあり宇部市と密接な関係を持つ。湯田温泉周辺や山口県庁等が所在する地域を含む旧来からの山口市街地は、東西の主要幹線のひとつである山陽本線ではなく、支線である山口線の沿線にある。山陽本線にあたる路線を建設した山陽鉄道は、1888年(明治21年)1月に神戸 - 赤間関(現・下関)間の鉄道建設免許を受けたが、1892年(明治25年)7月時点で広島以西の経由地は未決定であった。山陽鉄道は当初から、工事の難易度、経済効果などから、山口を通過しない、徳山(現・周南市) - 三田尻(現・防府市) - 小郡(現・新山口)を経由する現在線に近い海岸線ルートの認可を望んだが、参謀本部が軍事上の理由から、五日市付近より山間部に入り須万(現在の周南市須万)または津和野を経て山口に至り、そこから伊佐(現在の美祢駅付近)・吉田を経由して海岸付近を一切通らず赤間関に至る山間線ルートを主張した。最終的には参謀本部の提案した山間部を通るルートは技術的問題、経済的問題を解決できず、赤間関付近の軍事的にリスクのある箇所等を調整して概ね当初の海岸線ルートに敷設許可が下りたとされている。一方で、大歳地区の自治会組織である大歳自治振興会が発行した郷土誌『郷土大歳のあゆみ』によれば、山陽本線は当初三田尻から山口を経由して小郡に向かう計画をたてたものの、銭湯小路の宿主が「宿場町が寂れるから」と反対し断念させたなどとしている。
沿革
山口市中心部周辺の空中写真。2009年9月7日撮影の12枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
南北朝時代の延文5年/正平15年(1360年)に周防国を平定した大内弘世が大内氏の本拠地を吉敷郡御堀氷上(現在の山口市大内御堀)から現在の山口市中心部に移したのがルーツとされている。室町時代には大内館が築かれ、日明貿易が行われる。応仁の乱以後には京から乱を逃れてきた文化人を歓迎したので大内文化、「西の京」として栄え、戦国時代には大内義興、大内義隆が市街を整備し栄華を極めた。義興に庇護され後に京へ戻った室町幕府10代・12代将軍の足利義尹(義稙)、雪舟、フランシスコ・ザビエルなど、この町に縁のある人たちは多い。
天文21年12月9日(1552年12月24日)に山口の宣教師コスメ・デ・トルレスらが、司祭館に日本人信徒を招いてクリスマスの祝を催した。このため、日本のクリスマスの発祥の地は山口である。
大内氏の滅亡後、毛利氏の支配のもとで山口奉行が置かれたため山口は防長二国における政治的中心地となった。関ヶ原の戦いののち、防長二国に減封された毛利輝元が萩に居城(萩城)を構えたため、山口の政治的中心性は一旦消滅することとなった。
江戸時代の間、吉敷毛利家の領地となり萩と三田尻(現在の防府市中心部)を結ぶ萩往還の中継地として栄えた。幕末になると、長州藩は藩庁を萩から山口へ移す(この経緯については山口移鎮の項目を参照)。山口に移された藩庁は山口政事堂と呼ばれ、長州藩における討幕運動の拠点となった。
明治に入ると廃藩置県が実施され、長州(山口)藩庁は山口県庁にそのまま移行した。一時期県庁移転が提起されたこともあったにもかかわらず、実現には至らなかった。山口は山口県成立から現在に至るまで、そのまま県政の中心地であり続けている。
一方、長州藩の藩校である明倫館は藩庁移転の際に私塾山口講堂(後に山口講習堂)を「山口明倫館」と改称(萩明倫館も存置)、旧制山口高などを経て、現在の山口大学へとつながっている。山口大学は1973年に平川へ移転完了したが、旧亀山校地(山口明倫館跡地)にはパークロード(県道203号)を中心に県立図書館・県立博物館・県立美術館が整備されている。
合併と分割の変遷
廃止日
2005年(平成17年)10月1日廃止理由
新設合併山口市(旧)、吉敷郡小郡町、秋穂町、阿知須町、佐波郡徳地町 → 山口市(新)現在の自治体
山口市(新)廃止時点のデータ国
日本地方
中国地方中国・四国地方都道府県
山口県隣接自治体
宇部市、防府市、萩市、吉敷郡小郡町、秋穂町、阿知須町、佐波郡徳地町、阿武郡阿東町、美祢郡美東町山口市役所所在地
山口県 表示 ウィキプロジェクト
山口市は、下記のように新設合併によって3度設置されている。前身の山口町については当該項目を参照。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、山口四十町が吉敷郡山口町となる。
1905年(明治38年)4月1日 - 山口町と吉敷郡上宇野令村が合併。
1915年(大正4年)7月1日 - 山口町と吉敷郡下宇野令村が合併。
1929年(昭和4年)4月10日 - 山口町と吉敷郡吉敷村が合併、市制施行し、山口市(初代)となる。
1941年(昭和16年)4月1日 - 宮野村が山口市に編入される。
1944年(昭和19年)4月1日 - 山口市(初代)と吉敷郡の9町村(大歳村、平川村、秋穂二島村、名田島村、陶村、小郡町、嘉川村、阿知須町、佐山村)が新設合併し、山口市(2代)が発足。
1947年(昭和22年)11月23日 - 吉敷郡阿知須町を分離。
1949年(昭和24年)11月1日 - 吉敷郡小郡町を分離。
1956年(昭和31年)11月3日 - 吉敷郡鋳銭司村を編入。
1963年(昭和38年)5月1日 - 吉敷郡大内町を編入。
2005年(平成17年)10月1日 - 吉敷郡小郡町、吉敷郡秋穂町、吉敷郡阿知須町、佐波郡徳地町の山口県央部1市4町と新設合併し、第3代の山口市が発足。
2010年(平成22年)1月16日 - 阿武郡阿東町を編入。
合併後の住所表記
2005年10月1日の合併以降、および2010年1月16日以降の旧阿東町域の住所表記は以下の通りとなる。
旧山口市は従前のとおり(ただし「大字」は付けない)。
旧5町は「○○郡××町△△」→「山口市××△△」とする(「大字」があった場合は外す)。
山口県流通センターには「小郡」をつけない。
-例-
山口県山口市亀山町 → 山口県山口市亀山町
山口県山口市大字仁保中郷 → 山口県山口市仁保中郷
山口県佐波郡徳地町大字堀1111番地の1 → 山口県山口市徳地堀1111番地1
山口県吉敷郡秋穂町東1111番地の1 → 山口県山口市秋穂東1111番地1
山口県吉敷郡小郡町大字下郷1111番地の1 → 山口県山口市小郡下郷1111番地1
山口県吉敷郡阿知須町1111番地の1 → 山口県山口市阿知須1111番地1
山口県阿武郡阿東町大字徳佐中1111番地の1 → 山口県山口市阿東徳佐中1111番地1
市外局番
市外局番は、083。MAが複数あるため、旧徳地(0835区域)・阿知須(0836区域)両町域を除き、2013年12月1日から統一されている。
旧山口市域は、おもに083-9xxが使われている。wikipediaより
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例)緑豊かな場所にあり幼少期を過ごすにはとても良いところでした
・都心部にあり交通の便が良く通いやすかった
・海の近くにあり潮風が心地よい環境でした
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例)東京第一小学校の場合
・一小(いちしょう)
・東一(とういち) 等
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